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ビゴのテキストが少々おいてあります。(ロジャドロ中心です) 原作者様・制作会社様とは一切関係はありません。
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小さな庭 *サンジ (20040330)

海の上のこのみかん畑のすみっこに一列だけ、豆を植えさせてもらっていた。背が低く、つるを絡ませる柵の要らない種類の豆だ。みかんの手入れの合い間に雑草を取り肥料と水をやり、どこからか現れる虫を駆除する。甘い香りの可憐な花をつけ、やがてたくさん実をつけた。このみかん畑の持ち主の輝かんばかりのレディーは、茹でたさやつき豆をアンチョビソースで絡めたひと皿を御所望だ。かしこまりました、マドモワゼル。……畑の借料?……えと、ナミさんへの海より深く空より澄んだ俺の心からの愛でもってお支払い、いやいやこの体ででも……イタタだめですかやっぱ。ハァ。そんなつれないトコもステキだナミさん。

収穫したてのクソうまそうに太った豆のさやをテーブルに山にして、ひとつずつすじを取っていく。単純で幸福な作業が俺は好きだ。延々と食材を切ったりむいたり包んだり、なにかをことこと煮たり。ひとりで作業をしていても、なぜか誰かと幸福を分かち合っているように思える。おかしな話だけれど、これまでに関わってきて、けれど今ここにいない全ての人とも。

バラティエでも豆を植えていた。色鮮やかなはつかだいこん、小さくて甘い人参や、ハーブも。海の上でのそのささやかな場所は完全に俺に任されていた。俺に知らされずに摘み取られることなどなかった。密集させて育てると傷みやすく虫もつくので、収穫量はたかが知れていたが、丹精こめて作ったものが人の心や体を温めてゆくことの幸福を知った。

今あの場所は俺の代わりにクソジジイが、それともパティたちがみていてくれるのだろうか。ローザンヌ、アリアナ、エレイン、その他大勢の御婦人方の舌に触れる、ミント、ローズマリー、クレソン、セージ、タイム、ロケット、パセリ、バジル。朝露に濡れた葉を無骨な指が摘み取っているのだろうか、今日も。かつて俺がしていたように。今俺がここでしているように。
……たまには俺を思い出してくれているだろうか。いや待て、男は俺を思い出すな、麗しい御婦人方のみへの希望の話だ。

帰りたいわけじゃない、懐かしいわけじゃない、けれど。

遠く遠く、どのくらい離れてしまっただろうあの船。海の上の小さな庭を、思い出すのだ。

******

水平線 *ナミ (20040330)

その歯のそのものの、全てを裂いてゆく邪悪なまなざしを手配書の束の中に見つけたときに、心は過去へと一気に引き込まれた。私がなすべき全ては胸にあった。心は決まった。戻らねばならない、あの部屋へ。
これでおしまいなのだ、なにもかも。こんな幸福な日々が続くなんてはなから信じていなかったから、ここを離れても苦しんだりしない。もう彼らに会うことはないのだから、やがて忘れられるだろう。
霞む水平線から目をそらす。陽射しが私の背に注いでいた。水面は揺らぎながら輝いていた。もうすぐ顔をあげて、堂々とあの部屋から太陽の元へ出て行けるのだ。眩暈を感じているのはここを発つさみしさのせいなのか、やがて訪れる解放への期待からなのか。

Stultum est timere quod vitare non potes.

小さく呟くと、そばにいたジョニーが、どうかしたんですかナミの姉貴とバカ丁寧に訊いてきた。何だかおかしくなって、私は片頬笑みを返していたかもしれない。

この言葉を知ったのは、あの暗くて生臭い『私の』部屋でだった。必要だと言えば奴らはどんな本も買い与えた。羽を切られた籠の鳥に与えられる、矛盾したなんという自由。

避け得ぬことを恐れるのは、愚かなこと。

出来るなら、もう一度ルフィの顔を見たかった。悩みなんて吹き飛ばすあの笑顔につられて笑いたかった。大丈夫って背を叩いて欲しかった。同じ水平線を越えるなら、彼と共に行きたかった。どこまでも風に吹かれて、笑い声だけを風に流して。
また仲間に、そんなあつかましい願いは無理ってわかっていた。でも願わずにはいられなかった。
私はこの船で彼らといて幸福だった。もう泣かないって決めたのに泣いてしまうくらいに。

行かなくちゃ、あの空と水のあわいを超えて、過去に決着をつけに。だからさようなら。

******

影 *サンナミ (20040408)

いつもへらへら笑っている彼が、なぜか険しい顔で通路の向こうからやってきた。すれ違いざまに腕をとられ、すぐ傍の船室に引き込まれた。日の明るさに慣れた目が、小さな明かり取りの窓がひとつだけの部屋の暗さに反応できない。私の後ろで静かに戸が閉められる。
まるで逢引みたいじゃないの。
私を抱きしめて壁に押し付ける彼の服には、変わらず煙草とスパイスの香りが染みついていた。
「何なの、サンジくん」
彼の体を押しやって隙間をつくる。胸をそらして問い掛けると、彼は咽喉で少し苦しそうに笑った。腰を捕えていた手を振り払うが、その手は執拗にすがり、私の手を中に納めてしまう。
あら、めずらしく積極的。普段の饒舌さは影を潜めて別人のようだし、今までなら手を出してきても、ちょっと振り払えばすぐに引き下がっていたのに。目が慣れてきたのでまじまじと顔を覗き込むと、ためらうような表情を見せて、それでも私を引き寄せて抱きしめた。
「残念、もう少し正面から見ていたかったな。私、サンジくんの額から鼻にかけてとか顎の辺りとか好きだし、欲望に憔悴した男の顔ってちょっといいと思うわ」
耳元で囁くと、サンジくんは弾かれたように身を離した。
「ナミさん、それって」
「でもここでサンジくんの気持ちに応えちゃうと、欲望に憔悴してる男の顔は見れないわけで」
びっくりするくらいの勢いでサンジくんのあごが落ちた。私は笑いを噛み殺す。私の震える肩に腕をかけたまま、サンジくんは深くため息をついた。
「ナミさん、ホントに俺死んじまうよ、恋の病で。いや、それでも本望だけど、どうせならナミさんとラヴラヴになって幸福で死にてェよ。それにラヴラヴになれても、俺きっといつも憔悴してる、ナミさんが欲しくて」
やっといつも通りの軽口が出てきたけど、暗がりで見るその顔があんまり苦しそうで、なんだか申し訳なくなった。
私は彼を嫌いじゃない。彼が私を諦めて他の女の子の方を向いてしまったら、私はきっとひどくひどく寂しく思うだろう。では好きなのかと問われると、それはよくわからない。
優しくされて甘やかされて、彼がいつも変わらず好きだといってくれることに慣れてしまっていて、私が思っている以上に彼を残酷に傷つけていたのかもしれない。

でも今は答えなんか出せない。

「サンジくんが死んじゃったら、お腹がすいてこの船のみんなが共倒れね」
「この船に乗ってるのは、ナミさん以外は殺しても死なないようなやつらばっかだけどね」
窓から差し込む夕暮れの弱い光が、サンジくんの笑顔に陰を作っていた。腕を広げて彼が私を解放して背を向ける。彼の熱が肌から蒸発するように消えて行き、私は少しだけ寒さを感じていた。

「夕飯の準備します」
そういって彼は振り返らずに部屋を出て行った。
私はというと、彼の背を見送りながら何も言えず立ち尽くしていた。
サンジくんはもう、私のこと諦めちゃうかも知れないなって悲しい気持ちで考えながら。

******

蝶 *サンナミ (20040402)

いつの間に卵を産み付けられていたのだか、みかんの枝に青虫を発見したと言うので、その日ナミさんと俺はふたりがかりで駆除をしていた。駆除といっても薬を使うのも嫌だし青虫の数が少なそうなので、枝ごとに目を凝らし、見つけ次第に指でつまんで海に放り投げるというなんとも単純かつワイルドなやり方だ。
「綺麗な蝶になるんだし、かわいそうだけど」
と言いながら手も目も休めないナミさんの額にはうっすらと汗が浮いていた。彼女はこの木の手入れには手を抜かないし、今日は快晴、風もないし、陽射しは結構強い。
「平気なんすね、虫」
大きく開いた胸元やミニスカートからすらりと伸びるおみ足に、つい目が行ってしまうのは仕方ないよなと思いつつ訊いてみたら、サンジくんちゃんと枝見てる?とあきれたように言われてしまった。
すいませんでもナミさんの引力には抗えずに太陽さえも空から落ちてきます。言い終わる前にはいはいと口先だけであしらわれてしまったけど、向こうの枝に手を伸ばしてる彼女の横顔はどこか面映そうで可愛くて、抱きしめたいくらいだった。そうする代わりにもちろん俺は仕事を再開したけど。だってナミさんのパンチは時々思いがけないほど本気で入ってくる。

「ちぇ」
手を動かしながら、俺はすねてみせる。彼女が髪を揺らして振り返る。
「なに? サンジくん舌打ちしちゃって」
「だって俺、虫がいるって言うから、ナミさんがやーん虫がいるう、きゃー肩に落ちたよう、サンジくん取って取って、怖いのー、なんつって泣きながらすがってきて、そこで俺が大丈夫さナミさん何があっても俺が守るヨなんての期待してたのに」
「……素直に妄想を吐露してくれてアリガト」
「妄想扱いかよナミさん……」
やっぱり。ナミさんの背中にちょっと疲労が見えた気がする。

黙々と枝葉を調べていると、優しい響きの声がした。
「ココヤシ村はね、いつも蝶がいっぱい飛んでるわ。柑橘系の葉を食べる種類の蝶がいてね、暖かいから元気も良くて、放っといたらあっという間に木が丸裸よ。だから暇があればいつもこうやって退治しなくちゃなの。でもとても全部は無理だし、私たちも蝶を全滅させたいわけじゃないし」
「なるほど」
「あの村で卵を産み付けられたのかも知れない。停泊した他の港でかも知れないけど」
葉裏に一匹見つけたが、その時の彼女の声が少しだけ揺らいだ気がして、手を下ろして俺はそっと彼女を盗み見た。木の蔭に入って見上げている彼女の頬に、葉の隙間から光の斑が落ちていた。光と影の中で白い肌がくっきりと浮き上がる。
「ノジコとよく、さなぎのついた枝を取ってきて、みんなで羽化するのを見たわ。綺麗だった」
何かが咽喉につかえたかのように彼女は少し黙って、それからまた口を開いた。
「あいつらが村に来たときにも、家にはさなぎがあったわ。ちゃんと蝶になれたのかな」
声とは裏腹に彼女は微笑んでいた。
青い香りの枝を持ってあの丘を駆けていた少女は、やがてそんな子供らしい輝くような喜びさえ奪われてしまった。闇に囚われてあがき続けて、苦しみ続けて。八年。気の遠くなるような、余りに残酷な年月だ。幼い少女の手の中から失われた幸福。
「ナミさん」
思わず名を呼んだもののなにを言うべきかわからず、俺はただ彼女と見詰め合った。彼女の瞳が潤んでいるように見えた。ただ単に木漏れ日の反射かも知れないけど。
目の前の枝から指に青虫を移して彼女に差し出す。手に乗せられてうごめくそれは、小さくて頼りなくて蝶のようには美しくなくて、でも命だった。
「俺と見ようよ、羽化するとこ、一緒に。この一匹をここで育てて」
声がかすれてしまった気がする。彼女は視線をそらした。
「かわいそうよ。羽化しても海の上のたった三本きりのみかんの木、陸は遠いわ。水の檻みたいなものよ。私たちが望んでここにいるのとは違うのよ」
でも蝶は飛ぶんだよナミさん。風に乗って海を渡って、長い距離を旅する蝶もいる。みかんの花の蜜を吸いながら、次の停泊港まで船上に留まることだってできる。
そう言おうとしたけれどやめた。
ナミさんは知っているんだそんなこと。檻の中に生きることも陸地の遠さも日々ただ生き長らえていくことも、脆い羽でひとりきりあるかどうかもわからない陸地を目指す心細さも、俺に言われなくても痛いほどに。
なにも言えず俺はゆっくりと手を下ろした。手の中で青虫は必死に逃れようともがいていた。枝に戻すことも海へ放ることも出来なかった。無力だと感じて、それがひどく情けなくて切なかった。

彼女が枝を避けて木の蔭から静かに近付いてきた。俺の手を取り指を開かせる。汗ばんだてのひらから青虫は摘み上げられ、そっと枝へと返された。いそいそと葉群へ逃げ込んでいく。見送った彼女が振り向いて笑った。日の下で見るとその瞳は潤んではいなかった。そのことがいっそう切なかった。
彼女が身を翻した。
「お茶にしよ、サンジくん。美味しいお茶が飲みたいわ」
「ええ、冷たいものも用意してます」
楽しみねと呟く彼女を後から追いかける俺には表情はわからなかった。
船内に入る前にみかんの木を振り返る。水の檻の中の小さな箱庭。俺は彼女と蝶の羽化を見れるのだろうか。
蝶はいつか陸へ辿り着けるのだろうか。

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