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ビゴのテキストが少々おいてあります。(ロジャドロ中心です) 原作者様・制作会社様とは一切関係はありません。
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好きシーンで創作30題 『26 告白』 ロジャドロです。
*こちらからお借りしました → 好きシーンで創作30題

 

遠くから見る墓石群は、降り続く雪の中小さくかすんでほとんど景色に混じってしまっていた。道路の脇にも厚く柔らかな雪が積もっている。後方へ流れてゆく緩やかな丘に見える墓地を、グリフォンの助手席に座る彼女が車窓から首をめぐらして眺めるのに私は気づいた。
考えてみればあれから一年がたつのだ。彼女が屋敷に来てから。彼女が父達を目の前で失ってから。雪の降る中、冷たい地下深くに埋められたふたつの棺。彼女を娘と呼んだふたりの男があの丘に眠っている。
曇天から大きな雪片が間断なく落ちてくる。もうすぐ夜が来るが引き返す時間はある。気温は低いが風はほとんどないようだ。私は彼女の横顔に問いかけた。
「今日はもうこれから帰るだけだが、……少し挨拶をしていこうか、この時期だから花もないが、あの丘へ」

墓地は歩道も墓石も雪で白く覆われていた。グリフォンを墓地の敷地の外に停めて降りてみると思ったよりも寒く、私の吐く息は外気に白くにごった。先を行く彼女の靴が雪に深く沈むのが見える。空が暗くなり、雪が強くなってきたようだ。
滑らないように踏みしめて歩を進める私とは対照的に、彼女は危なげない様子で雪を踏んでゆく。たとえ目印となる看板や墓碑銘が全て隠されていても、この広い墓地のどこに父親達の墓石があるか、彼女にはわかるのだろう。
小さなその背を追いながら、こんな風に雪も雨も超えて、彼女はいつか自分の墓へも来るのだろうかとふと思った。

このふたりの親を彼女はどう理解しているのだろう。人ではない彼女に、そもそも親子の情や死を悼む気持ちはどう位置づけられているのか。
並んだふたつの墓石の前に立ち、彼女はややうつむいたまま黙っている。彼女の隣で目を閉じて、短い祈りを心の中でささげた。ソルダーノのことは良くわからない、だがウェインライト博士は彼女と最期の時を過ごせて幸福だったろう。彼女が本物の娘でなくても。
「ありがとう、ロジャー。ここは寒いわ、もう帰りましょう」
やがて顔を上げて彼女が言った。体温がないため雪がとけずに、その頬やまつげに白く降りかかっていた。
「お祈りはすんだかね、ドロシー」
彼女の髪に乗る雪のかけらを、皮手袋をはめた手を伸ばしてそっと払う。目を閉じもせずにされるがままのドロシーは、どこか断ち切るように答えた。
「私は祈らないわ。祈りは私からあまりに遠い」
私は手を止めた。私達の間に雪が降りこんでゆく。隙間を埋めるかのように。私は静かに手を下ろした。
彼女が唐突に踵を返し、私に背を向けてもと来た道を歩き出した。空は暗さを増し、冷たい風が足元の雪を巻き上げ始めていた。

墓地を出ても彼女はずっと無言だった。私はかける言葉も見つからず、とりとめもなくあの夜のことを考えていた。
ナイトクラブでウェインライト博士は終始上機嫌に笑っていた。何かに酔わされたように私も、ライトをあびて歌い微笑む彼女を見ていた。真紅のドレスに包まれた彼女は、それ以降長い時を共に過ごした私にさえ決して与えない笑顔と歌声を、博士に向けていた。
君は私といて幸せなのか。
思い返すうちに、そう口に出してしまいそうになった。
君は私に歌ってくれたことも、微笑んでくれたこともない。いつも不機嫌そうで仏頂面で、笑顔よりもいらだちだけを見せて。
君はあの屋敷で居心地良く過ごしているのだろうか。以前私に負った交渉の代金の支払い、そんな理由で居たくもないのに、ここ、私の傍らに縛られ続けているのだろうか。
グリフォンに乗り込む前に、ドロシーは小さく伸び上がるようにしてもう一度墓地へと目をやった。それはほんの一瞬のことで、彼女はすぐにシートへと身を沈めてしまった。
車道にグリフォンを乗せて屋敷の方角へと走らせる。風も雪も強くなってきたようだ。わずかに残る鈍い明かりも闇にまぎれてゆく。車内にも寒さが侵略してくる。
もし彼女に表情があったならば、今どんな思いを浮かべているだろう。悲しみ。哀悼。寂しさ。それとも。想像もつかない。わからないからこそ知りたいとは思うが。
「君はさっき『祈りは遠い』と言っていたな」
「……祈りは人に属するものだわ。私は人のまねごとをする気はないの。彼女と同じものになる気はないわ、決して。私は彼女とは違う」
「彼女?」
声はいつも通り平淡だが、彼女はもしかしていらだっているのだろうか。彼女の思いはいつも想像に余ってしまう。
彼女がささやく。あの夜の歌声のままの銀の声。
「……ドロシー・ウェインライト。ウェインライト博士のナイチンゲール」

シートを軋ませて彼女は私に向き直った。
「本当のことを言うわ、私は彼を」
言いかけて彼女は止めた。私はただ待った。道を照らすライトの中で雪が狂おしく舞うのを見ていた。長い沈黙の後にようやく彼女は口を開いた。
「この思いを表す適当な言葉が見つからないわ。私には表現できない。ひとつ言えるのは、……彼は私を愛していたのではないということ。私は博士に無条件に愛情を抱くように、そして私に組み込まれた彼女のメモリーを再現して振舞うように創られた。でも私は彼女ではないの。彼女はとうに死んでしまって、もうどこにもいない」
彼女は悲しいのだろうか。自分が本物の彼の娘でなかったことが。それとも彼が娘の役割を彼女に押しつけたことが。あらかじめプログラムされた愛情と知りながら、博士を愛することが。
残酷な話ではあるが、博士にとって彼女自身の意思は存在する必要のないものだったことは事実だろう。ひとえに娘をよみがえらせるためだけに、博士が可能な限り精巧なアンドロイドを創りあげようとしてそれを叶えた。
皮肉にもその執念がドロシーに彼女自身の心を与えたのだ。
プログラムを超えて自分を模索し確かめようとする心を。愛憎入り混じる、彼女自身が持て余すほどの複雑な働きをする心を。

あの夜博士といたのは彼女ではなかった。博士の娘、死せるドロシー・ウェインライトの亡霊だったのだ。
「君は君自身でいればいい。どんな心にも矛盾や混乱は宿るものだ」
口にしてみればただ陳腐なだけの言葉だ。それでも伝えずにはいられなかった。彼女が微笑みも誰かへの歌もかたくなに拒むのは、亡霊を遠ざける彼女なりの術なのだ。

屋敷近くの通りに入ると、風の音が少し弱まった気がした。彼女が小さくありがとうとつぶやいた。私は聞こえなかったふりをして、車の速度を落とした。

(20040527)

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