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ビゴのテキストが少々おいてあります。(ロジャドロ中心です) 原作者様・制作会社様とは一切関係はありません。
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ロジャエンバージョンとロジャドロバージョンがあります。


好きシーンで創作30題 『13 手を伸ばす』
*こちらからお借りしました → 好きシーンで創作30題

ロジャエンバージョン

ビルの隙間を抜けて窓の外をゆくのは優雅な魚たちだけ。水面は遠く、どんなに目を凝らしても見えはしない。水中深くのビルに閉じ込められて三日が経っていた。
本来ならメモリーを隠して煌々と光を放つあの一角に辿りつき、とうに地上に戻っていたはずなのに。世界から切り離されたようなこの一室で、一緒にいるのはこんなことになった原因の男。涼しい顔で紳士を気取った、いまいましい男。

  欲望が互いにあって、
  そしてそれを叶えるのは容易くて。

このままこの水底で死ぬのかとの思いが、絶えず私を捕らえていた。メモリーを手に入れていない以上雇い主からの救助もありえず、目の前のこの男にもなんの手立てもあるとは思えない。助かる可能性と助からない可能性を幾度秤にかけて考えても、状況は眩暈がするほど明らかに絶望的だった。 飢えで。渇きで。酸素を使い果たして。やがて、私たちは死ぬ。
黙っていれば心は死の恐怖に飲み込まれる。落ち着いて見える彼の心の内はどうなのか。少なくとも私は恐れを彼に見せまいと虚勢を張っていた。軽口をたたき、つまらない冗談を言い、芝居めいた仕草をする。必死に取りつくろいながら今にも胸はつぶれんばかりだった。気を抜けば泣き崩れてしまいそうだった。

  私たちが選んでその欲望を叶える。
  あるいは叶えない。

例えば滅びた世界にたったふたりきりで生き残ったとして。共に生き延びた相手がどんなひとであったとしても、きっと近づかずにはいられない。
ひとの心はそうできているのだ。孤独や恐れを同じ立場で感じるとき、そこには引力が生じるのだ。 だからだ、本当は私が何を求めているか、どこに属し、なんのためにこの街に来ているか、彼になにもかも打ち明けてしまいそうに幾度もなった。ソファーに深く座り、薄闇の中で静かに話を続ける彼が苦しいほどに欲しかった、多分恐れから逃れるために。
もしかしたら初めて会ったときからそう思っていたのかもしれない、もうわからない。わかっているのはこの欲望についてだけ。

  互いの欲望の深さを。
  熱を。甘さを。その苦しさを。
  知っていて私たちは近づいてゆく。

椅子代わりに腰掛けていたテーブルから足を床に下ろし、彼に向きなおる。部屋の空気が少し薄くなったように感じる。さっきから震えのとまらない両手を彼のほうへ伸ばす。
彼の名を呼ぶ。ロジャー・スミス。
私を見つめる彼の表情に、欲望は見つけ出せるだろうか。
あとどれくらい時間は残されているのだろう。私たちにとって充分な時間があればいいけれど。
「……私、死ぬのが怖いの」
あなたは死が怖くはないのだろうか。あなたも私を欲しいと思っているだろうか。
彼もソファーから立ち上がる。遠くから私を支えるように両手が広げられた。
だめ、まだ私たちの間には距離がありすぎる。叶えるならばあなたから近づいて。

  ──さあ私は選ぶ。
  君も選んでくれ。

そばに。来て。

(20040604)

******

ロジャドロバージョン

ピアノに向かう彼女の姿はとても真摯だ。コーヒーカップを片手に彼女の後ろに立ち、私はぼんやりと細いうなじを見つめている。鍵盤を叩く指の先から流れ出す音楽は優しく甘く、先ほど私を乱暴に眠りから引き剥がした騒音とは大違いだ。インストルの元へ通いだしてから、彼女の音は明らかに変化を見せた。
こんな繊細な音が出せるならば朝もそうしてくれればいいんだ。そう言ってみようかと思ったが、返す言葉も想像できたのでやめておいた。
あなたがこんな静かな曲で起きるはずはないわ、ロジャー・スミス。
きっと振り返りもせず彼女はそう言う。
不思議だ、私たちの日常にはいたわり合いや気遣いもあるのに、同じくらい避けがたい冷ややかな拒絶がある気がする。私が拒み、彼女が拒む、すぐそばにいながら永遠に縮まることのないこの距離。
それが悲しいわけではない、私たちにはそれが似合いなのかも知れない。所詮私たちは絶対的に『違う』のだ。

体はピアノに向けて音楽を続けながら、肩越しに彼女が振り返った。
「ため息をつくなんて、なにを考えているの、ロジャー」
ため息をもらしていたことも気づかなかったが、思いを見透かされたような気がして私は口ごもる。
「……君には決してわかりえないことだ」
「そうね。言わなければわかるはずもないわ」
彼女はピアノへ向き直った。

私が拒み、彼女が拒む、すぐそばにいながら永遠に縮まることのないこの距離。

本当にそうなのか。彼女の背からテラスへ視線を移して私は苦く思う。私たちは互いに傷つけあいたいわけじゃない。ならばこの関係を変える術はどこかに確かにあるのではないだろうか。
私が推測したとおりの答えを彼女が返すとは限らない。確かに言ってみなければわからないのだ。
ピアノを弾き続ける彼女に近づき、先ほどの失言を謝罪し、朝の起こし方を考えなおしてくれないかと頼むことは今すぐにできることだ。
それは簡単なことに違いない。朝っぱらからの騒音にいらだち怒鳴りつけ、その後言いようのない苦々しさを感じるよりも、もっと簡単でもっと人間的な、……言いかえるならばもっと紳士的なやり方ではないだろうか。
なぜそれだけのことをいつも私はためらってしまうのだろう。まるで近づくことを恐れているかのように。

曲が終わったことに気づいて私は少しあせりを感じる。こちらに視線を向けようともせずに、今立ち上がろうとする彼女を引きとめようと。

近づいて、……手を伸ばす。

(20040729)

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