好きシーンで創作30題 『02 口付けを落とす』 ベック→ドロ
*こちらからお借りしました → 好きシーンで創作30題
あの男から奪ってこの手で殺した女を見たかった。
見下ろした顔はあくまで白く青ざめていた。よく出来たお人形だ、たとえ芸術品クラスであっても、これは単に動く人形に過ぎなかった。
布で覆われたその部屋へ辿り付いてみると、宝物のようにアンドロイドはそこに置かれていた。傍らに立って見てみれば、この手で破壊したその瞬間のままだった。
屋敷の中に忍び込むのは容易かった。そこかしこに壁や床や家具や、そういったものの残骸が散らばっていた。あの男はアンドロイドを回収して持ち帰っていた。今あの男は出て行き、可愛い人形のために必死に抗っているのだろう。ここに誰か残っているとしたら奴の執事くらいだ、見つかることはない。
弾痕の残る暗い階段を下りてゆく。途中に小さく白いものがひとつ落ちていた。拾い上げてみるとピアノの鍵盤だった。リビングルームを過ぎた時に、押し潰されたように壊されたピアノを見ていた。その傍に白鍵と黒鍵が散乱していた。そのひとつがこの混乱のさなか、どうしてか階段へと運ばれたのだろうと気付いた。象牙色の鍵盤は、幾度も間近に見た無愛想なアンドロイドの肌に似ていた。
あの男がこのお人形を愛しているのはわかっていた。アンドロイドを愛する、それは立派なフリークだ。
襲われた彼女のために憤り、屋敷に駆け込んでゆく奴の姿を思い出す。余りに哀れでその背に言ってやりたかった。もう手遅れだと。お前の可愛いお人形は、永遠にその手から失われるんだと。いつかのように見つめあうことも抱きあうことも、もう叶わないんだと。ざまあみろ。
ローズウォーターのために働き、メモリーを奪った。そして今俺はここで、人形を見下ろしている。遠くで幾度も爆音がしていた。空気を震わせて街の気配が部屋にも染み入っていた。
あの時彼女は瞬きもせず黙ったまま、近づく俺を見ていた。いつものように無表情だったが、なぜだろう、その時俺は、彼女に待たれていた気がした。破壊するものとして期待されている気がした。
不意に、なぜこんなにあの男に憎しみを抱いていたかわからなくなる。敗北とか恥とかそんなことよりも俺は。
彼女を取り戻そうと無駄なあがきをしているあの男も、ここに立ち尽くしている俺も、ただ共に渇しているのだ。
かがんでそっとキスをした。ガキのようにぎこちないキスをしてしまって、我ながら笑ってしまった。冷たい唇はまるで俺を拒んでいるかのように引き結ばれていた。虚ろなガラスの視線が俺に留まることはない。
お前は貞節な女なのか。他の男にキスさえ許さないくらいに。
囁いても返事はない。
俺はあの男が羨ましかったのかも知れない。手に入らないなら殺してしまいたかったのかも知れない、もう誰の手にも入らないように。そして、そうした。
(20040412)