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ビゴのテキストが少々おいてあります。(ロジャドロ中心です) 原作者様・制作会社様とは一切関係はありません。
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ロジャドロです。


堕天

アレルヤ、笑みも涙も死も知らぬ神の御使いよ。

「ビッグイヤー、君は天使と呼ばれる女を知っているか?」
時はまだ日付の変わらない夜、場所は紫煙立ちこめるスピーキージー、質問を投げかけた買い手の男は街一番の交渉人。
相手は新聞の陰に視線を落とす売り手の男、売り物はいつも確かだが必ずしも与えられるとは限らず、時に宣託のように謎めいて、受け取り手の力量問題にすり替えられることも往々にしておこる言葉の一群。
依頼人の噂を訊くついでに思いついて尋ねただけだったのだが、話は思わぬ方へ転がった。 問われた男はちらと宙を見上げてから、口元を歪めてみせた。
「君らしくもない、振り回されて困惑しているのか。しかしひとの間に暮らす天使は、おそれ多くて君にも手強いだろう」
「振り回されていると言うよりも、とんだ厄介ごとの種だ」
男同士の気安い軽口だ。ロジャーはグラスを持ち上げ、デイルに合図を送る。すみやかに飲み物が彼らの前に運ばれ、空のグラスが回収された。
「で、彼女の何を知りたいんだ?俺よりも君の方が彼女に詳しいんじゃないか?」
「情報屋とも思えない言いぐさだな。とにかく、何者なのかを知りたいんだが」
喉で笑って、ロジャーはグラスを傾けた。

君が知りたいのはオリジナルの方なのか?
彼女は40年前の混乱のうちに死んだ。詳細は不明だが父親が見取ったようだ。ただしその時は娘と知らなかった。その少女の面影はなぜか胸に残り、それから時を経てようやく父親は愛しい娘を思い出し、悪事に加担することも厭わず、後悔と罪悪感を糧に娘に似せた人形をつくりだしたわけだ。
しかし、死者は地上のものではない。地下か天上のものだ。その死者の姿を写した存在は、果たして地上のものだろうか?それを愛するものに希望をもたらすだろうか?

ロジャーは話を遮った。この話は。
「誰の話をしている?」
明らかに何か違う話をしている。ビッグイヤーは目を細めて、椅子の背に身を深く預けた。
「おや、てっきり君が屋敷に住まわせる、あの少女のことかと思ったが」
「……?ドロシーのことか?彼女がエンジェルだと?」
理解できずに彼は問い返す。自分はエンジェルという名の女の話をしていたはずだ。見事なブロンドで、心をかき立てる暗い色の瞳をして、場にそぐわないほど俗っぽく振る舞いもする、警戒すべきいくつもの名を使う女のことだ。
酒場の騒音にくぐもった笑い声が混じった。耳に障る下世話な笑いだ。
「そうさロジャー、天使の話だろう。天使は笑わず、泣かず、死からも遠ざけられる。知っているか?天使は笑わないと定めづけられているんだよ」
「しかし天使のような微笑みと言うだろう」
「ああそうだな。天使のような歌声ともいう。天使は歌う。楽器も扱う。だが笑わない」
「一体なんの話だ?」
語調が強くなるのがロジャー自身にもわかる。受け流してビッグイヤーが返した。
「……天上に属するものは笑わないんだよ。本来は、ね」
情報屋が口元に運ぶグラスが明かりを受けて鈍く光り、ロジャーは混乱が苛立ちに変わるのを感じたが、言葉の続きを待った。グラスがテーブルに戻され、そのなかで氷がはかない音でぶつかり合った。
「もちろん今やどこででも天使は描かれ歌われる。そこで天使はひとのように笑い、恋に落ちて時に死ぬ。それは卑俗な天使、永い時をかけてひとの身に近づけられた、大衆化された天使の姿だ」
新聞が手早く畳まれテーブルに重ねられた。その夜、初めて情報屋はロジャーの方を見た。つられるようにロジャーが向き直る。
「ロジャー、覚えておいた方がいい。天使はひとが触れえぬ、手に余る存在だ。彼女を天上からひとの身に堕としたいならば」
ビッグイヤーはこんな男だったろうか。姿もどこか存在感が薄く、地中でとうに朽ちたような声。こんなにも喧騒に満ちていながら、しんと店が静まり返った気がした。急にこの男が見知らぬ誰かに思え、違和感が胸を突き上げる。それともこの男の語る言葉への違和感なのか。
ひと呼吸の後に顔をそむけ、新聞の上に手を置いて、ビッグイヤーが突き放すように言った。
「共に地獄の炎に焼かれることを、君は覚悟しなくてはならない」

グラスが空になっていることに気づいたが、ロジャーは動かずにいた。ゆっくりと店のざわめきが彼の耳に戻ってくる。隣に座る男への違和感は紫煙のうちに紛れこみ、身に馴染みはじめていた。
この奇妙で唐突な会話の流れを断ち切らなくてはならない。ロジャーは軽い口調になるよう努めて切り出した。
「ばかばかしい。いつから君はそんな与太話ばかりをするようになったんだ。大体ドロシーはただのアンドロイドで、私が尋ねているのは」
「天使と名乗る女だったか。知らないな。そんな噂は聞いていない」
そっけなく言い切って、ビッグイヤーはまた新聞を広げなおした。
話は終わりだと言わんばかりのしぐさに、ロジャーは立ち上がった。相手がこの情報屋では、食い下がったところで得られるものはない。
手を内ポケットに入れようとしたところで名を呼ばれた。
肩越しに見ると、ビッグイヤーは新聞をめくりながら続けた。もうこちらに顔を向けはしない。
「今日は君の期待に添えなかったな。代金はいらないよ」
早々に話を打ち切ったことをとりなすような響きが声音に滲んでいるのを感じ取り、ロジャーは眉を上げる。この情報屋がこんな口調になることがあるとは思わなかった。
「先に依頼人について聞いた。また頼む」
情報料をテーブルに置くとスピーキージーを後にした。外に出て見れば夜風は暖かく、なぜか歩きたい気分でもありどこかでひとりで飲みたい気分でもあった。少し迷ってロジャーは屋敷に戻ることにした。

理由はわからない、もしかしたら、ビッグイヤーはブロンドの天使について語るつもりがなく、それゆえあからさまなまでに話をすり替えたのかも知れない。その後ろめたさから金を今夜は受け取りたがらなかったのか。
それとも本当に、彼はエンジェルについて知らないのか。
しかしあれほど謎めいた行動をする印象深く美しい女を、知らないということがあるだろうか?

居間でひとり飲んでいた彼が切り上げたのは、三時をかなり過ぎてからだった。
早くに自室に下がらせたノーマンはロジャーの様子を最後まで気にしていたが、ドロシーの方はいつもの冷めたまなざしで彼を一瞥しただけだった。
低く軋むドアを開けて暗い寝室に入る。窓から床に投げかけられる微かな明るみを避けて踊るように歩き、ネクタイを片手で解いて床に投げ捨てて、靴も脱がずにわざと大きな音を立てて寝台に倒れこむ。子供じみたふるまいをしていると思えて、彼は口元だけで笑った。
そして夜にも眠りにも夢にもそれを司る天使がいると考えると、まるで自分が途方にくれたように感じた。
飲みすぎたに違いない。ビッグイヤーの言うところの天使の話など、きっと明日ピアノの音で目覚める頃には忘れているだろう。きっと彼が頭痛に不機嫌になるほどこの酒は残るだろう。ノーマンが食事を準備してくれて、ドロシーは二日酔いの薬を運んでくるだろう、それからもしかしたらサティでも弾いてくれるかも知れない。あるいはディアベリでも。

彼はただ目を閉じて、酔いが静かに身中を焼くに任せることにした。彼の元へ堕ちてくる、天使をせめて夢にみるために。

(20061105)

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