好きシーンで創作30題 『03 指を絡ませる』 エン→ロジャー
*こちらからお借りしました → 好きシーンで創作30題
ロジャーは私を選ばなかった。これからも選ばないだろう。そうわかっていてなおもあがく私は愚かなのだろうか。
闇の中に立ちつくし、心底憎み心底愛した街を窓から見ていた。心は麻痺して鈍く、何かを考えることも行動することも出来ない。ユニオンの召集もひとごとのように遠かった。街の光が潤んでにじんだ。
終わってしまったもう変えようもない出来事を、私はさっきから幾度も思い返している。酒を飲み、食事をし、海辺を歩いた。寄せて返す波音を聞きながら、囁き合い指を絡めて抱き合った。夜の潮風は冷たかったけれど寒くはなかった。互いの心に触れた気がした。私たちは幸福な恋人たちだった。
けれど顔を上げて見つめると、ロジャーは明らかにためらっていた、そして。
ドアが軋む音がして私は振り返った。とっさに身構えたが闇に浮かぶ体の輪郭は見知ったものだった。ダストン大佐だ。窓からの弱い明かりも扉近くに立つ彼の顔には届かず、表情は陰になって見えない。彼からも逆光になって私の顔は良く見えないだろう。体の緊張を解いて黙って見ていると、彼はなぜか言い訳のように小さく、ドアが開いていたのでと言った。
私を捜していたのだろうか。嫉妬に駆られて取り乱した私を。アンドロイドに負けて尻尾を巻いて逃げ出した私を。
部屋の雑多な物を避け、静かに近づいた彼の差し出した手には、私の落とした銃があった。
無骨な男、不器用な男。彼の朴訥とした言葉は私へのその精一杯の慰めなのだろうか。彼が慰めたくなるほど私は苦しげに見えるのだろうか。
夜気に身が冷えたようで少し寒かった。銃を受け取るためというよりも、人の熱や優しさに触れたくて私は彼の手に手を重ねる。受け取った銃をそのまま床に落として、驚いて唸りを上げる彼の胸に顔を寄せる。彼が困惑した気配が伝わってきたが、かまわず背に手を回してしがみつく。なだめるようにおそるおそる彼の腕が私の背に回る。私たちは強く抱きしめ合う。
違うのはすぐにわかってしまった。
彼は優しさがある男だ。包容力も温かみもあり人間的だ。私の体を暖めてくれるだろう。軍警察の立場として、そして私個人を知っているものとして、板ばさみになり苦しんでくれるだろう。 けれど私が願う人ではない。
そっと体を押しやって引き離した。彼は無言で腕を開いた。私はその前で今や寒さに震えていた。この寒さは私の中に巣食う虚無から来ているのだと、もう気付いていた。
私にはどうしようもなく好きな人がいて、けれどその人にも私ではないどうしようもないほどに愛しい存在がいて、それはもう決して覆せなくて、それゆえに私はこんなにも淋しくて悲しいのだ。暖かくても他の人の腕ではだめなのだ。夜の海で私が指を絡めた、あの手でなくてはだめなのだ。
身をかがめて床に落とした銃を拾い上げた。ごめんなさいと呟くと、振り返らずに彼を置いて部屋を後にした。
行く当てなんて思いつかないままに。
(20040417)