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ビゴのテキストが少々おいてあります。(ロジャドロ中心です) 原作者様・制作会社様とは一切関係はありません。
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好きシーンで創作30題 『14 ──越しに触れる』 ロジャドロです。
*こちらからお借りしました → 好きシーンで創作30題

 
 昼近くになってようやくピアノの音で目覚めてみると、夜のうちからの雪が街を薄く覆っていた。今年初めての雪だ。柔らかく、まだ消えやすい。風はなく、ただ静かに降り続いている。
ぼんやりと外を眺める私のためにノーマンが暖炉に薪を足し、火の粉が舞いあがった。ドロシーが熱いコーヒーを運んできた。カップを受け取ったとき、彼女の指がわずかに触れた。その氷のような冷たさに思わず息をのむが、すぐに気づく。
彼女は体温を持たないのだ。

暖炉の前のソファーで本を読みながら、いつの間にかうとうととしていたらしい。床に落としていたのだろう、手に持っていたはずの本は、拾い上げられて傍らのテーブルに置かれていた。暖炉には充分に薪がくべられて部屋は暖かく、私の体には毛布がかけられていた。眠気のせいでまだ定まらない頭をめぐらせて見わたすが、室内は誰の気配もなく静まりかえっている。なぜか小さな不安を覚える。体は温まっているのに、どこか心の内側が冷え冷えと感じる、冬の孤独。
身を起こして伸びをし、なんと言うこともなく外を見るために窓に近づくと、降り続く雪に半ば埋もれた小さな足跡がテラスに残り、その先にドロシーの華奢な後ろ姿が見えた。
どれくらいそこにいるのだろう。肩にも頭にも雪が積もっている。彼女は寒さを感じない。そうわかっていても、こちらに背を向けて立つ姿は寒々しかった。

ガウンをはおって外へ向かう。雪混じりの風が髪を乱した。身を切るような寒さをこらえて私は奥歯を噛みしめる。服に覆われていない彼女のうなじや手の白さが、目に染みるようだった。彼女が私を振り返った。
彼女はいつも街を眺めている。雨の日も風の日も何時間でも。私には到底理解できないほどの一途さで。
黙って強く彼女の片手を取ると、雪に濡れた指は痛いほどに冷たかった。乱暴に自分の手ごとガウンのポケットにねじ込む。そのまま暗さを増してゆく街を見下ろす。風に吹かれて彼女のスカートのすそが視界の端に踊った。粉雪が顔を打つ。
彼女の見たいものを自分も見てみたかった。彼女が倦むことなく日々眺めるのは何なのかを知りたかった。しかしどんなに目を凝らしても、何が彼女をこんなにも捕らえるのかわからない。見えるのはいつもの街だ。誰もが静かに絶望を飼い慣らしているような街。鈍色の空から落ちる雪片。雪に消えそうなはかなさの彼女の姿。
ポケットの中で手をつなぎなおす。指を組みかえてなぞる。確かめるように幾度も。生身の女性なら微笑んで触れ返すなれ合いの、戯れのしぐさ。しかし彼女は私が触れていることはおろか、手を取られていることさえ気付かないかのように、ただ私を見ている。冷えきった手はなかなか暖まらない。
彼女はつくりもので、心なんてないんだ。そう思う反面、それを否定する思いも強い。彼女の心はどこかに閉じ込められているのだ。例えば継ぎ目ひとつない氷で出来た城の奥に。心がどんなに生き生きと騒ぎ立てても、それを表す術を知らないだけなのだ。
昔々に聞いた物語。雪の、……いや、氷の女王の話だっただろうか。女王にさらわれて氷の城に囚われた、魔法で心をなくした子供、それが彼女だ。ひとりきりで、氷のパズルで遊んでいる。私は今、氷の魔法越しに彼女に触れているのだ。彼女の心にじかに触れることはできないのだ。
彼女のために、氷のパズルでどんな言葉をつづればいいのだろう。もしも彼女の胸に涙を注いだら、魔法は解けて彼女は手を握り返すだろうか。その指に温度が戻るだろうか。
冬は人を感傷的にする。この私を物語にさえすがらせる。
私は少しさびしい気持ちのまま笑う。彼女は小さく口を開いたが、そのままもう一度口を閉ざして何も言わなかった。透明なガラスのまなざしには、どんな感情も見えなかった。繕った微笑みさえなかった。多分寒さのせいだろう、眼と鼻の奥が少し痛んだ。

手を放せばすぐにまた彼女の指は熱を失う。暗い世界の果ての凍える城で、女王が両手を広げて彼女を待ち受けている。

私は彼女の手をポケットの中で握ったまま、彼女を部屋へと導いた。彼女は抗わずについて来た。足下で新雪が微かな音を立てて崩れる。暖かな室内に入ってようやく、私はこらえていたため息をついて、氷の城のイメージを振り払った。室温にとけ始めた雪が髪を伝って落ち、床に染みを作った。彼女が寄り添うように近付いた。
それから私たちは無言のままだった。夕闇が迫り来て、冷たい小さな手が私の熱で暖まるまで。

理由も分からない悲しみが、夜に紛れて消えてゆくまで。

(20041223)

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